「天才 vs 凡人」の描き方

(才能のない人が努力で成し得ていくのって、漫画の王道じゃないですか?
 それでもなお、そこに面白さの差が出てくるじゃないですか?その差はどこにある?)

どうなんですかね、まぁ2つかな。

まず、天才を天才として描けているかということ。
読者が読んだ時に「こいつ天才だな」って。

天才キャラが「大丈夫かこいつ」とか「こいつそうでもなくない?」って思われたら、
途端にもうどうでもいいというか、「これなら俺でも勝てそう」だなみたいな、
と思われちゃうと良くない。

天才の「天才性」が描けるか。

あともう1個は、天才じゃない側、凡人側の悔しさとか、あがいてる感じとか、
リアリティがどれだけあるか、どれだけ共感できるか。

⋯が、僕がすごく好きなところだし、そこを徹底して描いてもらいたいなと思うところ。

「天才になれないから、こうするんだ!」っていうところが、やっぱ悔しさとか
そういうネガティブな感情から生まれてるところだと思うんで、
そこら辺が「わかる!」みたいな、「俺もそうだよ!」みたいな感じになると
めっちゃ応援できるから、すごく好きになる。『ピンポン』とかもそうですし。

(東大ってある種、世間的に見たら「天才側」として思われる、というか描かれる)

まぁそうですよね。

(凡才というか、平凡な方に感情移入できるんですか?)

しますね。

なんていうのかな、もちろん僕も何かしらの能力においてはすごく恵まれて、
才能があるのかもしれないですけど、それって多分勉強とかだと思うんですけど、

でも他の、たとえばアーティストですか?って言われたらまったくそうじゃないし、
絵も描けないし、音楽の才能もないし。

そういったセンスみたいなところにおいては、どこまで行っても学ぶことでしか、
経験値を積むことでしか磨くことができない。

だからまぁ、一番良く言っても「秀才」だなっていう風に思っていて。
天才じゃないんだよな、みたいな。

作家さんと触れ合ってると、作家さんは天才なんですよね、明らかに。

そこら辺は、もはや今となっては、この職業(漫画編集者)を選んだ時点で割り切ったんで、
作家さんに嫉妬するとかはないですけど、学生の時はそれでかなり思い悩みましたね。

「あ、天才じゃないんだ僕は」みたいな。
「勉強しかできないんだ」みたいなことは思ったりしましたね。

(千代田修平)