タイパ・コスパ主義の是非

もうはっきり言うんですけど、損得を気にしすぎてる奴って嫌じゃないですか。
大前提。

「あー、この1時間損したわー」みたいな。
なんかもう人としてやだなみたいなのがあって。

で、しかもさっき見てたんですけど、タイパ・コスパ主義で一番が「ながら視聴」って書いてあったんですよ。
いや、なんかショボ!みたいな。

この議題に対して、スマホ2個で見てるだけってことでしょ、このオチとしては。

物事を効率的に考えたり、合理的に進めるっていう意味では大事だと思いますし、
それが何に繋がるかっていったら経済的な成長とか、
自分が社会の中でもっと上手くやりたいみたいなことだとするならば、
やっぱり損得に囚われすぎてる人は上に上がっていけないと思うし。

ましてや自分は経営者なんで、当然不条理や不合理に向き合いながら、
その傷が自分を成長させるみたいなところが多大にあるので。

(でもやっぱ数字を追い求めるためには、どうしてもコストパフォーマンスをってなるじゃないですか?)

うーん、まぁけどむずいっすよね。
僕がやってる会社もクリエイティブな会社なんで、なんて言うんだろうな、
1時間に10本企画考えて、たくさん服を作ったから売れるみたいな話ではないというか。

まぁなんか、あまりにもリスペクトに欠いた言葉なんじゃないかなって思います。
タイパ・コスパ主義っていうこと自体。

(片石貴展)

それ経営者っていう意味で言えば確かに、確かにと言うとおこがましいですけど、
コスパとかって本来は多分定量的に測れるものに対して言うべきで、要は数字で測れるもの?

それに対してこのコストなのにパフォーマンスが数字で測ったら同じだったよねとか、
それがコスパっていう本来の意味ですよね。

僕らもそれこそ自分たちの宣伝というか触れ込みで、うちはこんなにコスパよく
点数が何点上がりますみたいなこと言うんですけど、

これ点数っていう定量的に測れるものがあって初めて成立するものであって、
例えば動画2個見ます、ながらで見ます、これは定量的に測れない時点で
もう成立はしてない。

何をコストと取るのか、何をパフォーマンスと取るのかっていう意味ではすごく変数だし、
ていう意味ではやっぱローコスト・ローパフォーマンスになっちゃってんじゃないの?
っていうのが今日言いたいことです。

(つまり、タイパ・コスパを求めること=ローコスト・ローパフォーマンス?)

に繋がると思いますね。
要はコストを抑えようとすると、どう考えてもパフォーマンスは下がるでしょっていう。

YouTubeもそうだし、なんか適当にパパッとやろうってのもそうだし、
その瞬間コストを抑えられてるようには見えるものの、
結局パフォーマンスが得られてないっていう時点で全くもう成立してない。

結局パフォーマンスを求めるのであればコストをかけなきゃいけないってのは
当然だよねっていうのはすごく思ってます。

コストってのはもちろん時間もそうだし労力もそうだし、まぁ頑張るってこともね。

(岸谷蘭丸)

すごくわかるのが、倍速で見た動画って別に心に残んないなとか、最近映画もなんか結構
みんなファストに見てるって言うけど、その映画ってじゃあまた1年後に思い返せるのかっていうと
思い返せないと思ってて。

そういう意味だともう本当おっしゃるとおりロコスト・ローパフォーマンスだよなとか私も思うし。

だから無駄なこととか余白みたいな意味で、無駄なパフォーマンスが大事だって私は思っていて。

特に定量的に測れることとか、コスパになってくることって、多分AIが大体できるよねって
すごく考えられると思うので、人間がやるべき仕事って、そこの余白をどう生むかっていう部分に
今後なるんじゃないかなとか私は思いました。

(何を無駄っていう風に定義してるんですか?)

無駄の定義も難しいとは思うけど、創造性があることとか、例えば1から10とか、1から100を作っていくのは
もう人間がやらなくてもいいよねってなった時に、0→1を我々はどのぐらいコストをかけれるかっていう。

で、そこが今無駄になっちゃってるんじゃないかなって私は思っていて。
それをもうちょっと人間が時間として作っていく必要があるんじゃないかななんて思います。

(バブリー)

だからこう5年、10年前ぐらいにあった意識高い系の令和版みたいな感じがタイパ・コスパ
っていう感じがしてて、まそもそも短く習得できるものって簡単なものだから競争も激しいし、
ましてやみんながそれを取りに行ったら果実はそこにないわけで。

もっとさっき言った無駄で、自分だけが好きな偏愛をやっぱり突き詰めることによって、
誰かにとっての価値になるから、最もこう矛盾してるというか、その人が欲しい方向を
タイパ主義ってこと自体が一番遠ざけてしまうんじゃないかなっていうのは思う。

あとやっぱ不安なのかなと思うんですね、世の中が。

僕結構、会社の経営にMBTIとか動物占いとか取り入れてやるんですけど、
若い子ってMBTIをプロフィールに書いてたりするんですよ。

それってこう要は16タイプの中のNってことを示すって、俯瞰で見るとやや異常じゃないですか。
1/16ですってことを示してるわけだから。

まぁそのぐらいこう世の中に多種多様な正解と、選択肢がありすぎて不安だから、
やっぱり何か極端なものに寄り添いたくて、みんなの不安の意識の裏腹?現れっていうのが
タイパ主義ってとこに行ってるんじゃないかなとは思いますね。

(片石貴展)

生き方というか価値のつけ方の違いだなとも思ってて、それこそ最近のオタクブームみたいな、
多分大人聞きますよね、最近はなんかオタク文化が流行ってるみたいな。

(推し活とか)

そうそうそう、あれとかも僕は個性の偽造だなと思ってるんですけど。
まぁMBTIみたいなもんで、要は自分にある程度のレーベルをくっつけて自己紹介として、
私の推しはこれですよ、私のMBTIはこれですよってのは、まぁ言ってしまえばコスパがいいんですよね。

だからすごくそういうコスパのいい自己紹介の仕方をするっていう風になってきてるのは、
本当に時代の価値のつけ方が変わるというか、この人はこれなんですよねっていう自己紹介が
どんどんと求められてきていて。

唐突にね「あなたの個性は?」とか言われ出しちゃったら、
僕が小学生の時はあんまその流れなかったですけど、ここ最近ですもんね。

そういう急激な流れの変化に合わせる上でそうなっちゃってる感はするんですよね。

ちょっとあれですよね、このコスパ世代じゃない可能性ありますよね、我々ですら。
多分今の高校生中学生。

音楽とかも、例えば若い子はギターソロを聞かないみたいな話題があったんですけど、
それとかイントロ聞かないとかね。あとファスト映画なんかはまさにそうですよね。
で、10分の映画とか、いかに早く起承転結の結を見るかっていうのは確かにみんなやってるっていうか、
無意識的にそうなってると思いますし。

映画1本見るってのは、確かに結構コストでかいなってちょっと思っちゃいますもん。
今2時間拘束かと思うと。

(Z世代ですよね?)

僕Zです、結構しっかりめのZ世代。
Z世代はこうじゃないかみたいなこと結構言われますけど、でもそれ大体間違ってますね。
大体間違ってます。

このコスパとかもそうだけど、大人が理解できないものを、若者の消費行動とか
なんとなく理解できてないものをZ世代むずいわって言って気持ちよくなってる
おじさんが作ったんじゃないかと。

(岸谷蘭丸)

いや、けど自明だからあえてそこをそんなに言わないっていうスタンスもあると思いますよ、
Z世代はZ世代で。

これに当てはまる傾向も多分あると思うし、あるけどそれが自然すぎて、
クローズアップされた時にちょっと違和感があるとか、
そこは何とも言えないですよね。

メディアはメディアで切り口を作り続けないといけないから、そういう経済合理性の中にいて、
若者は若者で括られるとやっぱりこう抵抗感があるっていう。

もう普遍的な話ですよね、これはかなり。

(片石貴展)