テレビは多様化する世論をどう報道すべきか

良くも悪くもメディアが多様化してきたから。

結局、昔ってテレビが世論そのものだったじゃないですか?
テレビしかなかったから、テレビが言ってることが世論そのものだったから、
テレビがやってることと世論ってそんなズレがなかったと思うんですよ。

だけどテレビ以外にSNSが出てきたり、YouTubeが出てくると、テレビ以外にも世論が存在してくるじゃないですか?
だけどテレビは昔の時代と同じく「自分たちが世論だ」っていう風に勘違いしてるじゃないですか?

世間とズレてるのに、もうテレビの人はテレビしか見ないから、ある意味フィルターバブルみたいに、
「自分たちは世論を形成してる」って多分勘違いしてるんですよ。
僕はその勘違いがオールドだと思うんですよ。

だからSNSとかの人たちの方がよっぽど、実はテレビも見てるし、YouTubeも見てるし、Xも見てて、
「いや、今の世の中ってそっちに感覚行ってないよね」っていうその世論の感覚が、
新しい方に行ってるか行ってないかがオールドかニューなのかの違いなのかなって僕は思います。

(それは中にいる方は自覚してるんですか?)

してないからオールドなんじゃないですかね。
してない人多いです。

本当にあの兵庫県パワハラ問題も、大きな象徴みたいなもんだと思うんですよね。

(どこら辺がそう思いました?)

やっぱ「自分たちが報道してるものが正しい」って思い込んでるから。
彼らは絶対悪意はないんですよ。それは絶対的に言えると思うんですよ。

報道してる側とか情報番組やってる人も、別に斎藤知事を貶しめたいとか、
なんかこう陰謀論みたいにやってるのは絶対ないとは思うんですけど。

だけど「自分たちが一次情報として取ってきた情報は絶対間違いないんだ」っていう奢りだったりとか、
そこら辺が世間とズレてるんだよっていうのを感じてないからこそ、
あんだけ多分間違ってることを気づかずに、ずっと報道し続けちゃったんじゃないかなと思う。

(なんでそれが間違いだって感じないんですか?)

ごめんなさい、今僕「間違い」って言っちゃったんですけど、でも切り取り方によっては
間違いじゃなかったりするじゃないですか?

だから、そこに固執しちゃってる部分はあるような気がします。

(どういうことですか?)

だから結局、百条委員会でまだパワハラかどうか認定されてるかされてないかわかんないってことは、
結局パワハラがあったかもしれないじゃないですか?

あったかもしれない中で報道していってるから、
「別にパワハラがないとも言えないし、あるとも言えないんだったら、別に自分たちは間違ってないし、
それで世論を形成してきたんだから、それでいいんじゃないか?」っていう風な考え方だと多分思うんですよね。

実際どっちかまだ明るみになってない時に、「パワハラしてない」っていうのも極端な話じゃないですか?
だけど、「パワハラしてない」っていうのも本当は報道しなきゃいけないところを、しなかったのは
間違いだと思うんですよ。

(なるほど、可能性がある段階で両論併記しなかった)

そうですね、その辺が世論というものをちゃんと捉えられてたら、両論併記するべきなのに、
「自分たちが報道したものが多分世論になるだろう」という感覚が強いんじゃないかなって、
僕は感じるだけですけど。

でもそこをちゃんと世論と向き合えたのが、ReHacQであったりSNSであったりするから、
実はそっちの方に世論の人たは感情移入ができて、それがまた票に繋がっちゃって。

結局、兵庫県知事選の再選の時だって、NHKだって票読み間違ってるわけですよ。
あれって多分すごく2024年のテレビ局には衝撃的で。

(なんでですか?)

結局、斎藤さんが勝つなんて思ってなかったのに勝っちゃったっていうのは、
多分テレビの報道はほとんど予想してなかったのに、やっぱSNSとかYouTubeのメディアが台頭してきて、
テレビとは違うところの票がめちゃくちゃ伸びたわけじゃないですか?

だからテレビは、票読みができないところにまで世論が広がっちゃってる。
だから「自分たちが選挙報道を間違えた」「世論の皆さんの期待に応えられなかったんじゃないか?」
みたいな言い方してたじゃないですか。

それは多分そういうことだと思うんですよね。
結局、「自分たちが視聴者の興味関心にちゃんと向き合いきれてなかったんじゃないか?」ってのを
初めて2024年のあの時に大々的に宣言したのは、結構テレビにとってみれば大きなことだと思うし、
それにも関わらず多分テレビの人たちは未だに「自分たちが世論だ」と思ってる人は多いんと思うんです。

(なんでなんですか?)

なんでなんですかね?
いや、なんであそこまでやられたのに、「やられた」って言ったらおかしいですけど、
なんでなんですかね。

そこを僕はわからないから、なんかもう一緒にいられなくないですか?
「なんで?」ってなるじゃないですか。

(だから辞めたのか)

いやまぁそういうちっちゃなことは重なってますけど、でも思いません?
自分たちがもう殿様商売できるような状況じゃないよっていうのを、
分かってんだか分かってないんだか、なんか本当にわかんないんですよね。

だったらやっぱもうちょっと報道の仕方を変えたりとか、多分あるはずなのに
なんでなんだろう?って未だに思うんですよね。

井上大輔

 

私がテレ東をやめたのが2023年で、私が日経テレ東大学を始めたのが2021年なんです。
だからもう4年前なんで、あまり参考値がちょっとズレてるかもしれないですけど、
でもオールドメディアの人たちの気持ちがわかるというか。

僕、日経テレ東大学で初めてYouTubeと、Webとちゃんと向き合うんですけど。
その時やっぱりナメまくってましたからね、「YouTubeなんて」みたいな。

基本的にはもう下に見るとかいう次元じゃなくて、プロとアマチュアみたいな感じで見てたから、
そもそも日経テレ東大学やる前は相手にもしなかったですし。

で、じゃあ日経やるって、自分でやりたいって言ってやったんですけど、やった時も
「ちょっとアマチュアにプロの力見せつけてやるわ」みたいな奢りはすごくあって。

YouTubeに価値とか面白さなんて、もう本当に端的にすごく悪物になる言い方をすれば、
1mmも心の中に見出してはいなかったんですよ。

実際にYouTubeの世界に入って、ことごとく結果が出せなくて、「なんでなんだろう?」ってなって
まず1回出鼻をくじかれ。

で、YouTubeをちゃんと見まくって分析して、ようやくYouTubeの人たちの凄さに気づき、
全然違うルールであるとか、違う顧客がいるとか。

2021年のその頃でも、もう若者はテレビ見ないって言われてたんですよね。
もう結構言われてて。おじいちゃんとおばあちゃんが見る、まぁテレ東だったら
F3とかF4って言ってさらにその上がすごく多かったんですけど、どうしようかなと思ってたが、
まぁやっぱYouTubeに若者まだまだいるし、顧客も違うし、ルールも違うし。

で、侮ってたけど全然それは「テレビが決めたルールの中で試合してねえわ」みたいな。
「違う世界で試合してたわ」みたいな。

なんかアメフトとラグビーみたいな、いやなんか「プロとアマじゃなくて競技違ったわ」みたいな。
「似てるけど競技違ったわ」みたいな感じだったんですよ。

多分YouTubeの世界に入って、1回失敗したり挫折しないと無理なんじゃないですかね?
だから本気でWebに行って、テレビ局も人事交流みたいなことをやった方がいいと思う。
やっぱ1回Webの世界に行って真剣にやると、結構リテラシーつくと思うんですよ。

だから僕が「テレビ局がどうなるのか?」って言われたら、テレビ局が良くなるんじゃないかと思う道は、
Web専門の部署みたいなのをちゃんと、まぁ作りつつはありますが、
テレビ局もそこにマジでちゃんとエース級の人を出向させて、
テレビのことは考えずにWebだけの力で数字を取る。

例えば「報道特集」をやってWebに置くとかじゃなくて、Webだけで1回数字取ってみろと。

そこに2~3年いた後に戻ると、かなり意識変わるんじゃないかなと思いました。
テレビが良くなるのはそこじゃないですかね?

そうすると若い人とかSNSを使った世論の作り方、というか世論の形成のされ方が理解できるので
そのスタイルがいいんじゃないですかね?
やっぱ1回出鼻くじかれないと。

ほら、テレビマンもそこで20年もいたら、やっぱ「世論の王様」って奢りあるじゃないですか。
僕らだったら、バラエティだったら、やっぱ「娯楽の王道はテレビである」みたいな。
そういう奢りがあったわけですよ、やっぱ。

(高橋弘樹)