そもそも絶対的に弱い人も、絶対的に強い人もいなくて。
動物も、恐竜とかめっちゃ強いけど滅びちゃったじゃないですか。
結局最後って、逃げて逃げてってやってた哺乳類のちっちゃいのが生き残ったり。環境が変わったら変わるから。
社会に求められる人間の幅ってあるじゃないですか。
ここまではOKだけど、ここまで行ったらダメよっていう。
そこの中に自分を自己コントロールできるっていうのが強さだと思っていて。その何を求められるかっていうのって、社会によって変わるんですよ。
例えば小学校の社会だとしたら「夢は何ですか?」みたいな。あれ夢を言わないと大したことねえぞっていう、なんか暗黙のルールが背景に見えてるじゃないですか。
偉人伝もそうですし、中高でアントレプレナー教育みたいなのを今やってるじゃないですか。
全然いいと思うんですよ、本当にいいと思う。でも、いいと思うけど、世の中があまりにも「いい」しか言わないから。
起業家に向かない人とかも全然いる中で、そうじゃなくてもいいというか。まず自分たちが暗黙の前提に従って、社会的に期待に応えていかざるを得ない苦しさを
背負ってるみたいなことを、まぁそんなん学校の先生は絶対言えないですけど、
1冊でも教えてくれたらなーみたいな気持ちはありますね。
暗黙の期待ってあるじゃないですか。
夢って言われた時に、なんか公務員って言っちゃいけないとか。
いけなくないですよ別に、でもなんというか、そういう答えを期待されてないなとかあるじゃないですか。それこそ感想文だって、「ごんぎつねがかわいそうでした」って言って欲しいんだろうなみたいな期待があるじゃないですか。
大学生になって「将来どうすんの?」ってやったら、大学3~4年の人たちが集まって、
「俺は起業する」って言ったらなんかそっちの方がかっこいいみたいな。安定思考だから公務員かなという発言自体がすごく勇気いるじゃないですか。
僕らはそういうゲームに取り込まれてるんだよっていうこと自体を、
もうちょっと認めてもいいんじゃないですかね。それが同調圧力だって思えていたら距離取れるんですけど、なんか今でこそ戦争に、
もしあの時代に自分がいたら「こんなんあり得ない」と思って距離取れそうな気がするけど、
結構な知識人の人とか、すごいって言われてる人が、実はその時はおかしいってわからなかった
みたいな例っていっぱいあるから。
結構人って、その魔法みたいなのにあんま気づかないで、
「これは俺の考えてることだ」「俺は元々起業家になりたかったんだ」って言い聞かせるプロセスで、
実は向いてなかったみたいな人たちが結構パタパタやられてるんじゃないかっていう。
(井上慎平)
