YAZAWAならあり得る

矢沢 (永吉) さんはシャワーのある会場でしかライブをやらないそうなのだが、
なにかの手違いでシャワーが設置されていない会場でライブが開催されることになってしまった。

なんとかシャワーを用意しなければならない。

「シャワーを準備するように」という指令はどんどん上から下へと降りていき、
最終的には本番まで時間が無いという状態で、一番若いスタッフに託された。

若いスタッフは途方に暮れながらも子供用のプールにお湯をためるという方法を採った。
客観的に聞いても愚策だ。そこに矢沢さんが入るとは思えない。

先輩達は自分で解決策を用意することなく投げっ放しにしたくせに、
若いスタッフのことを酷く責めたそうだ。
若いスタッフ自身も怒られてクビになることを覚悟したらしい。

そして本番を終えた矢沢さんが楽屋に戻ってきた。

矢沢さんは、その湯がためられた子供用のプールを眺めながら、
「これ用意したの誰?」と言ったそうだ。

若いスタッフが緊張しながら、「自分です」と答えると、
矢沢さんは「俺、キミの仕事一生断らないから」と言ったらしい。

矢沢さんは、自分が必要とするシャワーとはかけ離れたものを見て、不満を述べるのではなく、
難しい環境で出来る限りのことをやろうとしてくれたのだなと瞬時に理解したうえで、
「キミの仕事一生断らないから」という最大級の賛辞をもって、若いスタッフを讃えたのである。

この話が事実に基づくものかどうかは分からない。
もしかしたら矢沢さんとは一切関係が無い話かもしれないし、
尾ひれがついて話が大きくなっているかもしれない。
そもそも全てが作り話だという可能性だってあるだろう。

だが実に矢沢永吉らしく矢沢さんという人物ならあり得る話として私に響いた。
それが別に嘘でもよかった。
それを信じさせるだけの活動を続けてきた表現者としての矢沢永吉さんを凄いと思ったのだ。

又吉直樹