ちょっと考えてみると、メガネっていうのは救いだなっていう気がするんです。
というのは、今日こんな風にいつもと違うメガネをかけさせていただいてるんですが、
これ伊達メガネなので度が入ってないんですね。私事なんですが目の悪さだけには自信がありまして、裸眼だと視力がもう0.01とか
今もう全く何も見えなくて、何か光る雲が目の前にあるっていう感じなんです。
そんな人間は、太古の昔だったらあっという間に死んでしまっていたんじゃないか
っていう気がするんですよ。すぐに外敵に襲われちゃいそうですし、
仲間からはぐれてどうにもこうにも立ち行かなくなりそうじゃないですか。ま、そう考えると今、自分のような人間が生きているっていうこともメガネのおかげなのかな。
ちょっと大げさにそんな気がしてくる次第なんです。
そういう意味でメガネっていうのは、弱いものとかちょっと変わったもの、
そういうものに救いの手を差し伸べてくれる、社会の中に包み込んでくれるっていう
とてもありがたい存在なんじゃないかなと思うんです。眼鏡だけではなく、技術とかテクノロジーっていうのはみんなそういうものだと思うんですね。
放っておいたら弾かれてしまうようなものを包摂し、包み込むような存在だということです。
で、そういう存在が今社会ですごく求められているんじゃないかっていう気がするんです。
というのは日本でも海外でも、弱きものとか異なるものを追い出してしまおうみたいな動きが
すごい高まってる。そんなことみんな言ってますよね。海外主義が高まってるとか、外国人権とか外国人差別が大変だみたいな話。
日本でもアメリカでも、それ以外の国でも大変なことになってると思うんです。
そう考えると今の社会に求められているのは、そういう「メガネの精神」なのかなと。
なので日本も世界も、そんなメガネのような存在になってもらえたらなと、
そんなことを思った次第です。
(成田悠輔)