友だちが大事かという質問ですね。結論から言うと大事です。
ただ、無理をしてつくる必要はありません。なぜか。それは、そもそも友というのは、「結果として友になっていた」というかたちでしか
成立しないものだと思うからです。
友なるものは「友になろうと思って友になる」というかたちでは存在しえない。
ぼくの哲学の言葉を使えば、「遡行的に見出される」ものでしかない。未来に向かってつくろうと思ってつくることができるものではないし、
「いまおれらマブダチだよね」的に現在の時間のなかで確認しあうものでもない。ふだんはたいして意識していなかったのに、あるときふと振り返って
「そうか、これが友だちというものかもしれないな」と思う、
そんな体験でしか友情なるものは感覚できないものだと思います。
きっといまの質問者さんにも友だちはいるのだと、ぼくは信じています。
少なくとも、未来から振り返って友だちと言える存在はいるのではないかと。むろん、もしかして、相談者さんの悩みはもっともっと深刻で、
ぼくの想像も及ばないような孤独のなかにいるのかもしれません。
その可能性も考えないではないのですが、でも、結局いまのぼくには
これぐらいの楽観的なことしか言えない。そして、そのような楽観的な返信こそが年長者の義務だとも思います。
(東浩紀)