まず「異端審問」っていう言葉がいきなり出てきて、あれはちょっと難しいよね。
対象年齢がいくつかなっていうことを想像したんですよ。
あれは大人目線かな子供目線かなとか、いろいろ想像しました。
あとヨーロッパの話なのかアメリカの話なのか日本の話なのかということも考えました。
宮崎駿との一番大きな違いは「目線」で、プペルは大人目線で作った作品だと思いました。
宮崎駿はどうかというと、子供の考え方が大人にも浸透しているんですよ。
「子供の考え方をする大人」っていう描き方をしてるんですよ。(プペルは) 子供を子供、女性を女性、女を女・・・はっきり言ってヨーロッパ的なんです。
分別くさいんですよ。すごいヨーロッパ的。宮崎駿はそういう境がない。
子供の考え方のトーンで大人も描いている。
あのね、宮崎駿ってね、悪い人間も良く描いちゃうんですよ。
なんていうかな、悪い人間も自分の世界の中で描くから、善悪というのがそんなに差がない。
悪い人間も悪くないみたいなね。プペルは、悪い人間は怖いし、人間の善悪っていうのをハッキリ描いているから、
やっぱりヨーロッパ的なんだろうなと思いました。登場人物の考え方がすごくしっかりしているんですよ。
大人には大人、子供には子供の考え方っていうように、常に分けてるんですよ。
そういう分別くさいものをすごく感じたんですよ。
「異端審問」なんてものをいきなり持ってくるところが、あれは子供は普通理解できません。
大人でさえ理解できないから。2つキーワードがあって、もうひとつ「中央銀行」っていう言葉も出したでしょ。
これもね、大人だって何を意味するのか、一言で全部わかる人ってなかなかいない。
ちょっと意外に対象年齢高いのかなと思いましたよ。「異端審問」とか「中央銀行」とか、ああいう言葉を使うのに私は違和感ないけど、
中途半端なんですよ。ちゃんと作るんだったら、もっと細部を納得させるものにすればいいのに、
なんか全体的にはおとぎ話的で、子供のおとぎ話と大人の世界とが混在しちゃってて。
宮崎駿はいいなーと思ったんですよ。
宮崎駿の世界は、どんな怖い人でも怖くないから。でも (プペルの世界は) 怖い人が怖いんだよ。そこらへんが怖いなーと思ってて。
子供たちが見たら怖がるだろうなって。夢に出てきそうだもん。だけど考えているうちに、これはヨーロッパの差別とかそういった深い内容だと思ったんですよ。
社会ってそんなもんなんだよって。甘くないみたいなね。
(金子さん)