可能性を広げるとテーブルが狭くなる

こないだ奢りにきた高学歴エリートが
「いまはとにかく、可能性を広げておこうと思ってて」と言ってたので、
「それでテーブル、逆に狭くなっちゃってるけどね」と返したら、
ちょっと感動しちゃう展開になった回。

そこはすこし高級そうなレストランで、彼はテーブルに着くなり、よけいな小皿をいくつも頼んでいた。
とても大柄で、いつもよく食べるんだろうな、と思った。

「もう30歳になるんです。仕事もうまくいってる。でも、なんとなく足りない。
 ずーっと、じんわり生きづらい、っていうか...」

彼はそう言ってから、物足りなさそうな表情でふたたびメニューを見ている。

「頼みすぎじゃない?」
「たしかに。いつも頼みすぎて、けっこう残しちゃうんですよね。こうみえてそんなにたくさん食べないんです」

食生活というものには、そのひとの生き方がよく反映されると思う。
彼の場合、何が足りないのか分からないまま、それを埋めるために何かを口に運んでいる、
という感じがした。

「なんだか、あなたは人生でも同じことをしてる気がするね」
「えっと......この頼み方が、ですか?これが、ぼくの人生に似ている......ということ?」

「あなたがどうして生きづらいかというとね、それは多分『選択肢を増やそうとするから』なんですよ」
「……」

「たくさんの選択肢って、一見すると自由っぽいじゃん」
「はい。そう思います」

「でも、ほんとは “決断を遅らせる免罪符” にもなってるんだよね」
「確かに……。いつも、未来のじぶんのために、とか考えちゃいます」

「そうだよね。そして、もっといいのがあるかも…って思って、けっきょく決めきれなくなる。
 で、選べるものを増やせば増やすほど、選ばなかったものへの後悔だけが溜まっていく」
「……うわ、わかります」

「で、気づいたらさ、テーブルはいつも一杯で、箸を置くスペースすらなくなってる。
 すきに選べるはずだったのに、逆になにも選べなくなってる」
「すきに選べると、嬉しくなっちゃうんですよねぇ。でもたしかに、あとでしんどくなりがちかも」

「そうだね。だからいまのあなたって、“可能性に囲まれてる”ようで、じつは "不安に囲まれてる” んだと思う」
「ずっと不安ですね〜。ほんと、どうしよ」

「なにが食いたいのか分からないから、あなたは何も選べないんじゃない?」
「食べてみて、思ってたのと違かったらイヤだなぁ〜、と考えちゃいます」

「それで、たくさん頼んでみるんだね。でも、それで選択肢が広がったとは思わない」
「いっつもそうです。良い大学に行ったのも、良い就職先に行ったのも、なんかたくさん選べそう!
 ...って思ってたからで...」

「でも結局、あなたが食える量は増えないよ。どれを食べるのか、いつか決めないといけない。
 つまり、選択肢を減らさなくちゃいけないんだよ」
「......そういう段階に差し掛かってきたのかもしれないです」

彼はそう言ってから、「もういっそこの店出て、油そば食いにいきません?」 と聞いてきた。
なので、そうすることにした。

そのときの気分に任せるって、こういうことだ。
そのくらいで、全然いいんだよな、と改めて感心した。

(プロ奢ラレヤー)