旧ソ連では、「ひとは幸福のため、愛のために生きる」とは教えません。
教えていたのは、いかに死ぬかということです。人が存在するのは自分を捧げるため、火に飛び込み自分を犠牲にするためだと、くり返し教えていたのです。
武器をもつ人間を愛せ、と。
わたしたちは死刑執行人とその犠牲者のなかで育ちました。
わたしたちの吸う空気じたいが毒に染まっていました。
悪はつねにわたしたちを見張っていたのです。たえず出くわす表現は、「銃殺する」「抹殺する」「射殺する」「文通なしの禁固刑10年」
わたしたちは恐怖のなかを生き、沈黙を強いられました。だれもが、憎悪と偏見に満ちていました。
自由とはなにかを知りませんでした。
たとえ強制収容所の外に出られたとしても、自由な人間になれるわけではありません。
そしてソ連崩壊後、わたしたちは世界共通の現実に放り出されました。
その途端、わたしたちは震えあがりました。あまりにも無力だったのです。
自由な人間が必要なのに、存在していないのです。ソ連崩壊後も、共産党は裁かれませんでした。
官僚の公職追放もありませんでした。過去がわたしたちを手放してくれないのです。
わたしたちは世界を受け入れず、閉じこもってしまいました。
いま、自由のかわりに、ふたたびスターリンをなつかしむ声がきこえています。ロシアは、どんな国になるべきかとおもうか、
強い国か、それとも人が快適に暮らせる立派な国か、と聞いたら、
10人中8人が「強い国」だと答えました。「帝国に住みたい」というのです。
未来ではなく、過去を選ぶというのです。
そしていま、ロシア人は優れた兵士で、いのちの値段などどうでもいい、安いものだといって、世界を仰天させています。
自分たちロシア人を尊重させるには、暴力で世界を脅迫すればいい。
そんな方法しか知らないのでしょう。プーチンはどうやって、あれほど素早くスターリン時代のシステムを再現できたのでしょうか。
またしても保安庁(旧KGB)が好き勝手に家宅捜索を行い、パソコンを押収し、
「ウクライナ支援」の投稿をしたブロガーに有罪判決を下す。ロシア全土で、学者、教師、軍人をスパイに仕立て上げています。
かつてのソ連人が、ふたたび帝国を作ろうとしています。
全世界を敵に回そうとしているのです。
またしても……。ロシアの人々はだれもが怯え、ほんとうのところ、社会になにがおこっているのか分からずにいます。
人間の魂はゆっくりとしか変化しません。
(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ)