敗北の本質

まず高齢の人たちが亡くなったところで、そんな簡単に問題は解決しないですよね。
それを乗り越えていく若い人たちが増えてるわけでもないので。

ご高齢の人たちが亡くなっても、その次のご高齢の人たちがそのポジションを取って、
人口全体としては縮んでいくということになると思うので、まぁ普通に素直に考えると
国全体の経済はたぶん徐々に縮んでいく方向にいって、一人あたりの豊かさみたいなものを
どうやったら横ばいで維持できるかっていうのを考えるっていう。

それはそんなに悲惨なことではなくて、まぁこれは先進国は大体どこも抱えてる問題で
それを日本は早回しで先にシミュレーションしてるだけだと思うんですよ。

中国みたいな国でさえ、数十年経つと日本と同じか、それよりひどいぐらいの高齢化に
直面するわけですよ。

人類がいずれ直面する問題に、日本はちょっと何十年か早く直面しちゃってるっていう、
運が悪かったという感じなんじゃないですかね。

で、運が悪くてもまだそこそこ豊かで、みんな別に国からどんどん逃げ出し始めたり
しないじゃないですか。

だから、そんなにこの世の終わりだというほど深刻なことではないし、かと言って、
突然イノベーションの神様が降りてきて、起死回生で70~80年代のような奇跡が
もう一度訪れるっていうことも、多分ないんだろうなと。

政治とか政策はすごい重要、というかそれが唯一の希望なんじゃないかって思ってるんですよ。

というのは、産業界はどうこうとか、芸能界はどうこうとか、価値観がどうこうとか、語ったり
こうなったらいいよねって言うことはできるんですけど、そういうものって大量の人達とか
大量の組織が関わって、なんか生まれてるものなので、どこをいじったらどう変わるのかって
わかんないじゃないですか。だからカオスだと思うんですよね。

それに比べると、政治とか政策とかって、特定の組織とか特定の人がはっきりとした意思決定権を
持っているような問題で、しかもそれがものすごく大きな影響を与える、特に下手をこくと
国を転覆させる可能性がある意思決定権を持っている数少ない領域だと思うんですよ。

そういう意味でいうと、日本がなぜこの30年でダメになってしまったのか、仮説のうちの一つが
政治的な敗北、あるいは外交的な敗北だったんじゃないかって説があると思うんですよ。

つまり、プラザ合意円高に合意してしまって、それによって日本の製造業が痛んで、
逆に円高になったんで海外の資産とか買いやすいと。
そうすると、モノをちゃんと作って売ったりする代わりに、とりあえず資産ガンガン買っとくかっていう
インセンティブが働くから、無理やり海外出ていって、マンハッタンのど真ん中のビルとか買って、
で、含み損を抱えてバブル崩壊後に売ることになったっていう話がありますよね。

それから、IT産業とかWeb産業が勃興したときに、もう一度下手をこいたって説があって、
要は新しい産業が生まれてきて、新しい産業に乗っかってる人たちっていうのは、
ひろゆきさんとかホリエモンみたいに “いかがわしい” 人たちばっかりなわけですよ。

で、いかがわしい人たちが出てきたときに、いかがわしい人たちを、そのまんまブチ切れて
逮捕してしまうみたいな。
まぁあれは政府っていうよりは、国とか世論としてってことだと思うんですが。

で、最後に、たぶん今のITプラットフォーマーとの外交で下手をこいたって説があって、
要はアメリカ発のプラットフォーマー達が日本に来るっていうときに、どうぞどうぞって言って
三顧の礼で迎えて、尻尾を振っていろんな特権を与えて、日本国内の企業が到底戦えないような
条件を作り出してしまった。

・・・っていう、この政治的外交的な敗北っていうのが結構大きかった説があると思うんですが、
それってどう思われます?

(成田悠輔)