ややこしいことは、簡単にならない

時間は存在しない

 

最近、イタリアの理論物理学者がね、「時間は存在しない」って本を書いて、翻訳出てますけど。

物理の方程式で時間は「t」って書くんですけど、素粒子やってると多分そのtが消えちゃうってことでしょうね。
tが消せる状況の方程式ができちゃう。

そうすると、tは要らないっていうことになる。無いっていうことになる。
それは正しいのか正しくないのか、こっちはさっぱりわかんないけど。

一番日常的によくあるのは、歳を取ると時間が伸びる、伸びるって変だけど、ゆっくり進むようになる。

これは簡単に説明すると、僕がよくするのは、たとえばどこでもいいから皮膚に同じ長さの傷をつける。
子供と、私みたいな年寄りで、治るのにどのぐらいかかるか考えると、子どもはすぐ治っちゃうんだけど、老人はゆっくりですよね。

子供が1日で治っちゃうのが、たとえば歳を取った人だと3日かかるとする。
そうすると、同じ「治る」って出来事は、子供にとっては1日で起こる出来事だけど、老人にとっては3日かかるわけでしょ。

その場合ね、時間単位で考えると、老人の1日は子供の1/3にしかならないんですよね。
だから子供の物差しで測ると、老人の時間は3倍遅れてくる。
老人自身の主観から考えると、ゆっくり過ぎることになります。

これは本川(達雄)さんが、「ゾウの時間 ネズミの時間」っていう本で、動物の一生っていうのは、心臓が何回打つか、
それで決まっているんだって。
カナリアみたいに1分間に1000回打つような動物では、人間はだいたい70回ぐらいですから、70/1000で、
寿命が人間の7/100ぐらいになっている。
そんな風な計算をするわけですけど、それに似てますね。

だから、心臓を打つでもいいんだけど、ある生理的な出来事が起こる、それを単位に考えると、
老人の時間はどう考えても遅いんですよ。
だから歳を取ると時間がゆっくり流れるようになる。

同じことが起こるのに時間がかかりますから、ものを考えるのでも、そこまで遅くはなんないとは思うけど、
遅くなりますから、一つ事をするのに時間がかかるようになる。

そうすると、それを全体的に見た時に、同じところにいて、同じ経験をしていても、
人によって時間の流れ方が違ってくるのは当たり前ですね。

(脳に落とし込む時間と空間も人によって違う?)

当然違うはずですよね、年齢で違うんだから。
その年齢以前の準備状態というか、そんなもののあり方で全然違ってくるはずで、別に不思議じゃないんですけどね。

それを不思議だと思うのは、我々が時計というものに慣らされているからで、客観的に一定時間っていうものがあると思ってる。
でも、アインシュタインに言わせればそんなものは無いんで。

変な話、地球が倍の速さで公転を始めたら、当然時計は狂ってくるんですよね。
それ以前に比べたら、時計が違う進み方をするようになる。

もっとハッキリしてるのは、ここにいるのと山のてっぺんにいるのでは、時計の動き方が変わってくるはずですよ。
高い山のてっぺんのほうが、自転で考えれば一定時間に余分に回ることになりますから。
そうすると、早いはずですね、速度が。時計が違ってくるはず。

普通あんまり測定にかからないから気にしないんだけど。
あんまり考えないでしょう、そういうことを。

脳が感じる時間っていうのは、これまた感じる方の問題がありますから、脳全体の働きをどこかでモニターしているわけですね、多分。
そのモニターが感じてるのが、早いとか遅いとかいうことで。 

(人によって理解力に差があるのはなぜか?)

わかるっていうのが、どこかに行かなきゃいけないとして、大回りしてくる人と、
最短距離でシュッといっちゃう人とあるんだと思う。

その代わり、大回りしたら損かっていうと、その分いろんなところで調整してますから、
非常に広く頭を使ってる可能性はあるから、早けりゃいいってもんじゃない。

(悪い時間と空間の使い方というのはありますか?)

そういうのはあるのかな。
良いとか悪いとかは必ず物差しがいるんですよ。
だからその物差しが何かっていうことをちゃんと決めないと、言えないんで。 

たとえば今の社会だったらもう、典型的なのは効率で測りますね。
特定の仕事をし終わるまでの時間っていう。

効率で測って、早いんなら良い、遅いんならダメってことになるんだけど、遅いと丁寧っていうこともあり得るわけですね。

それからもっと長い目で見た時に、その遅い作業をしていることは丁寧にやっているわけだから、その間に脳味噌の状態が変わってくるわけでしょ。
それが学習になっている可能性があるんですね、そういうことを次にやる時に非常に早くなる可能性がある。 

今それを5分でやってしまう人と、10分経たなきゃできない人と、効率で測れば10分の方が当然ダメだってことになるんだけど、
それは只今の効率で測っているわけで、10年先にはその人が1分でやるかもしれないんで。
5分でやった人はいつまで経っても5分から先にいかない、4分になっただけとか。
そういう違いが当然あるわけですね。

僕が若い頃だと、そうやって脳科学で説明していくと、人間のややこしさが簡単になるかなと思ったんですけど、
最近の脳科学の結論だと元に戻っちゃって、ややこしいものはやっぱりややこしいっていう、
脳科学で調べてもややこしいっていうことがわかってきたみたいで。

当たり前です、そんなことは。
ややこしいことは、簡単にならない。
簡単になるのは、乱暴に簡単にしているだけですよ。

養老孟司