売れたら作家さんのおかげ、売れなかったら編集者のせい

私の編集方針とか背景とか目指すものの話をするんですけど、
まずは売りたい。

なぜなら作家さんは売れ行きがそのまま収入だからだし、
売れた数は「幸せにした読者の数」かなと私は思っているからです。

作家性は作家さんのものだと思ってます。
クリエイターは作家さんであって私じゃないからです。私は会社員。
そんなにクリエイターの才能があったら、とっくの昔にクリエイターになってる。

で、これは一つの方便なんですけど、「売れたら作家さんのおかげ」で、
「売れなかったら編集者のせい」と思うようにしてます。

これらの話を総合すると、
私は作家さんのクリエイター性とかやりたいことを掘って、
その方針のまま売るっていうことを基本的には考えています。

そのために必要だなと思っていることが3つあって、
1つは質問することで、2つ目は提案することで、3つ目が探求することです。

1つ目の質問なんですけど、なんでこれを描きたいんですか?とか
描いてるんですか?っていう話をむちゃくちゃします。

その結果得られた「これが好きなんです」みたいな話って、
正直私の経験からいくと、大概絶対何らかの形で売れます。

どういうことかって言うと、クラスに1人ぐらいの確率でしか好きな人がいない
趣味ってあったと思うんですけど、高校だったら大体3クラスぐらいあって、
3学年あるから学校に9人ぐらい、その趣味を持っている人がいる確率に
なるじゃないですか?

日本の全日制高校って4,700校あるんですよ。
この確率でいったら、各学校に9人いて4,700校あったら、日本に4万2千人、
(その趣味の人が)確実にいることになるんです。

4万2千部初版ですよこれ。
超すごいじゃないですか。

だから、その1人に絶対に「これが読みたかったんだよ」って言わせないといけない。
なので、その要素だけは絶対に超追求します。

突然ですが、キャラの話をします。
私は今、とにかくめちゃくちゃキャラ重視でやってます。
皆さんも漫画の理論とか見てると、とにかく漫画はキャラなんだって言われると思うんで、
とは言え、若めの編集の人は「そもそもキャラって何なの?」と。

私は一応、「何をしたいか、何を欲しいと思ってるか」「その結果、何をするか」
で伝わるのがキャラだと思っています。

たとえば、主人公の女の子は寂しがりです。
寂しがりって性格を表す言葉なんで、キャラなのかなって思います。

でもこれ、本当にキャラの設定として十分でしょうか。
ちょっとプロットにしてみましょう。

この寂しがりの前に野良犬が現れました。
寂しがりは温もりを求めているので、汚れるのも構わず野良犬を抱きしめて、
一緒に暮らし始めるかもしれない。
寂しがりはもう寂しそうな犬に自分をむしろ重ねちゃって、あまりにも惨めな自分を
自覚するのが嫌で、犬を蹴り飛ばすかもしれない。

つまり、寂しがりって言葉は、キャラか設定かでいうと、実は全然設定のレベルなんです。
キャラにまで至ってない。
寂しがりっていう言葉だけだと、これぐらい可能性が出ちゃう。

野良犬が現れたのは事象で、彼女は寂しがりは設定。
で、その設定を備えて、その事象に遭遇した人物が実際に「何を求めて」「何をするか」
まで行って初めてキャラになると思います。

まぁ皆さん、キャラが大事だって話は無限に聞いてると思うんですけど
なんか納得いかないな、って人いません?

本当かよ?っていうのもあると思うんですけど、なんかもう脳科学的に
証明されてるらしくて。本当に。

だから皆、そこは受け入れて欲しい。脳がそうなんです。
人の脳って、事象だけでは興味がそそられないように進化してるんですって。

キャラが大事と言われてもピンとこない人のために脳科学って言ったんですけど、
さらにピンとこなくなった人のために、具体的な話をします。

5~6年前に、日本の国土の約半分ぐらいの面積が燃えた、オーストラリアの
森林火災があったんですけど、とは言え、今日いま、実家でボヤが出ましたって
連絡をもらったら、みんなどっちの方が気になります?

要は人間って、事象の大きさとかよりも、自分にどう関係するかの方に気が向くんです。

ボヤと、日本の国土の半分が燃えるんだったら、絶対にオーストラリアの森林火災の方が
大変なのに、実家は大事だから、ボヤ程度でもめっちゃ気になるっていう。

これが、設定とか事象よりもキャラクター、どういう人物にそれが影響しているかの方が
大事だっていう話です。

(森原早苗)