昔とかだと、かなり印象論なんですが、今よりも理由のない不条理な人間関係みたいなものが、しっかり一生を通じて存在していたような気がして。
要は、会社での無意味な飲み会とか、地元の町内会とかでも何故か出席させられて何の生産性もない飲み会とかあったじゃないですか。
ああいうところって結構重要だったのかもしれないなっていう気がして。何者でもない人が、なんとなく自分を語れたり、説教できたりする場所みたいなのが、社会全体からだんだん消えちゃってきて、
効率良くなって、みんなひろゆきさんのネット上での説教を聞いてるみたいな、すごく残念な時代になってるような気がするんですよ。
そういう意味でいうと、誰もが人と繋がりながら生身の人間に語れて、説教できて、なぜか無意味に説教される側も体験するみたいな、
ちょっと昔の社会っぽい、昭和な感じみたいなのを何らかの形で取り戻すみたいなのができたらいいのかなっていう。
(成田悠輔)
削ぎ落とされすぎて、効率化しすぎて、残ったのが孤独とか孤立みたいなことは確かに感じます。
(平石直之)
でも、キモくて金のないオッサンで面白くもない奴と話する時間もったいないんすよね。
結局、誰か人間の負担を強いないとこの問題は解決しないよねっていう解決策は、もうこの時代には無理だと思うんですよ。
みんな忙しいので。
山上容疑者が犯行に至った理由のひとつとして、無職になって貯金がだんだん減ってった。
で、この貯金が無くなる前にやらかそうと思って、借金して武器を作り始めたらしいんですよね。なので、金さえあればやんなかったんじゃねーかなということで、生活保護を取りやすくするとかの方が、
実は犯罪性向がある人っていうのは犯罪に走らないんじゃないかなっていう気がするんですけど。
自分は金がなくなってこの社会に居場所がないよね、だったら金借りて一発やらかしてからいなくなろうっていうだけで。
頭はいいので、一発やらかすためには何が必要で、どういう知識とどういう道具が必要だっていう能力を発揮して、
結果としてあれだったっていうことだと思うんですよね。今回ああいうことやれば、「日本ってセキュリティゆるいよね」っていうのがもうバレバレになっちゃったので、
未来の無敵の人たちってたぶん同じようなことをやると思うんですよ。ちょっと前だと、毒ガス作ろうとして失敗しましたとか、電車の中で人刺そうとして失敗しましたみたいな、頭の悪い無敵の人が多かったんですけど、
ビル内でガソリンを使っちゃうとかっていう、「やり方を知ってる」無敵の人っていうのがだんだん増えてきちゃってるので、
なんかきちんと対応は今のうちにしたほうが良いんじゃないかなと思います。
(西村博之)
「無敵の人」とか「溶けない氷河期」みたいなタイプのラベル付けは結構危険だっていうことも考えておく必要があるのかなと思うんですよね。
こういう言葉って強いので、広がりやすいじゃないですか。
なにか事件があった時に、複数の問題の間に、なにか共通の構造があったり、共通の動機があるかのような
幻想を抱かせやすい装置になっちゃうと思うんですよね。更に、個々の人たちはそれぞれ違うのに、ステレオタイプとしても機能しちゃう。
だから、個々の人たちが抱えている問題はその人自身の問題として、人とは取り替えが効かないような
困難と難しさがあるっていうことを忘れないようにすることが大事で、
社会全体の構造みたいなことを語るときは、本当に全体像はどうなっているのかっていう事実とデータの方を大事にするみたいな、
両輪が大事なのかなという気がします。
(成田悠輔)